吉田しいまろインタビュー 自分と仲間を信じ続けた4年間

こわらいぶ応援チケット企画第4弾は、吉田しいまろさん。ピン・コンビの両方で活躍し続け、取材前日にはピンとしての単独ライブも開催されたしいまろさんに、ご自身のルーツからO-keisやアヤノスーパーカーさんの存在、大学お笑いへの思いまでたっぷり伺いました。「姉さん」と慕われる彼女の本音とは……?

インタビュー概要

取材日:3月14日

取材相手:慶応義塾大学お笑い道場O-keis17期 
吉田海美 ※敬称略

息抜きであり、「見るもの」だった

—大学お笑いを始められたきっかけは何だったのでしょうか?

吉田:かなり昔の話ですが、私は小さい頃からずっとドリフが好きだったんです。『ドリフ8時だョ!全員集合』が本当に好きで。結構厳しい家庭で、勉強や色んな習い事を頑張る中で、当時のテレビバラエティの『はねトび』とか『レッドカーペット』を見たり、DVDでドリフを見たりすることが何よりも私の息抜きで、大好きでした。でも、ずっと「見るのが好き」って感じではありましたね。

 学校でも結構いじられキャラだったので、笑いを取るのが好きという気持ちはありつつも、「所詮キャラです」と思ってました。でも、高3のときにM-1の敗者復活戦にラランドがアマチュアで進出して、「かっこよ!」って思って。まず面白いし、めちゃくちゃかっこいい。
それで調べたら、NOROSHIっていう大会で優勝したんだと知りました。大学お笑いという界隈、コミュニティを初めて知って、大学入学を機に「自分でお笑いをやる」というのに挑戦してみたいなと思ったんです。

—サークルに入る時点で、もう演者として所属しようと決められていたんですか?

吉田:演者をやるなら、慶応とか早稲田みたいなできるだけ大きいサークルに入りたいと思って(大学を)目指してたところもあったので、「やらしてくださいお願いします!」みたいな感じでしたね。

リスペクトする2人とロールモデル

—先ほどのお話でもお名前があがっていましたが、影響を受けた芸人さんとなるとラランドさんの存在が一番大きいですか?

吉田:そうですね。大学お笑いに行くという道筋に影響を与えてくれたのはラランドさんなんですけど、ネタを自分で作るときに参考にしてたのは、いとうあさこさん島田珠代さんです。

—めちゃくちゃ納得しちゃいます(笑)。

吉田:そうらしいですね(笑)。腑に落ちるらしい。特に『イッテQ』の女芸人の方たちの「女を捨てて」みたいな姿がかっこいいなって。サーヤさんみたいに女性として綺麗なままでやり続けるのもかっこいいけど、私はイッテQの方たちのような笑いの方が向いてるし、楽しいかもって思ったんですよ。

 自分のネタを作るときには、インスピレーションをもらうための素材として島田珠代さんといとうあさこさんの動画をリピートして、(ネタが)降りてくるのを待ってます。

—影響を受けた学生芸人さんについてもお聞きしていいですか?

吉田:私のロールモデルは明確に一人いて、ドバドバホスピタリティ谷川さんという方です。今は「二ガバナ」という、並木ラーメン大学さんのコント集団に主要メンバーとして入ってます。私が1年生のときの4年生の方なので既に社会人なんですけど、当時はピンでやりながら国際基督教大学の10人規模のお笑いサークルの代表もやられてました。 初めて見たのが私が1年のときの夏の芸会で、「妊婦ショートコント」っていうネタをやってたんです。妊婦の格好をしててめっちゃでかいお腹で、バレエが得意な方なのでバレエの動きをしてて。それでホスピタリティが溜まったら、ホスピタリティのバランスを取るためにダンボールで作ったウルフアロンを飛び蹴りするっていうネタなのですが、見たとき衝撃を受けました。そのときは次点で上がれなかったんですけど、谷川さんは本当にかっこよくて。

(ICUは)ちっちゃいサークルなので、谷川さんが「スタッフが足りてない」とTwitterで呼びかけるのを見ては、毎回「演者だけどスタッフやらせてください。谷川さんのお側でやらせてください」って言って、ICUの人とも仲良くなるぐらいスタッフとして参加してました。そのぐらい一番影響を受けたかな。
アルレク(アルティメットレクリエーション)予選に出たときに、主催の並木さんが各予選日にあげるnoteがあるんですけど。その中で、その日気になった演者に私の名前を挙げてくださって、私のシンクロのネタを「すごく面白かった。谷川さんを感じた」って書いてくださったんです。そのときは「よく当てた! 私の唯一のロールモデルが谷川さんだっていうのを!」ってエモくなっちゃいました。
 どのネタを作るときも谷川さんのネタを頭に思い浮かべてますね。尊敬しすぎてて、直接伝えられてはいないんですけど。「見させていただくだけで神」みたいな。神ですね。1年にとっての4年というのも大きかったかもしれないけど、とにかくめっちゃ尊敬してます。

アプリコで色々な経験ができた

—続いてピン以外での活動についても、コンビ結成の経緯や活動についてお聞きしたいです。

吉田:外に出てたコンビとしてはピン以外では2組ぐらいしかなくて、まず最初の1年間だけ組んでたのが、天一シャロンというコンビです。1年生の最初にみんなで一斉にやるフィーリングカップルで、同期の男子とラランドが好きっていう共通点のみで組んで、M-1とかも出ました。私はずっとラランドに憧れていて、最初こそコント漫才をしよう、かっこいい綺麗な芸人になるぞと思ってたので、ラランドみたいなネタを作って、パクリと呼ばれたりもしました(笑)
でも、彼と私がネタを作るときに全然意見が合わなくて、めっちゃ仲悪かったんですよ。私が感情派、彼が論理派で、5:5で作ろうとしてもぶつかりにぶつかって、ずっと険悪でした。それで、結局相方が留学に行ったのでコンビ活動は天一シャロンは終わりました。

 O-keisの同期のうさぎ事件とかガードレールマヨも最初からやってたので、「置いてかれる! やばい」と思って、消極的な理由で1年の終わり頃にピンを始めたんです。でも続けてたら少しずつ評価していただいたり、HIKIGANEオーディションに受かったりして。そんな2年の5月ぐらいに、今のアプリコの相方の中村しょせちくが声をかけてくれました。はやて(中村しょせちく)は1年の4月に入ったときから一緒だったんですけど、最初はずっと春天狗というコンビで、今のグラマラスグランマのたかしとやってたんです。ずっとウケてるし、めっちゃ結果出してて、「すごい人だな。私はもう関われないな」って尊敬してたので、まさか私に声かけてくれるとは思わなかった。でも実は、O-keisの周りからの推薦も結構あったらしいです。春天狗はシンプルなネタではないので、ずっと作り続けられるものでもなくて、ちょっと行き詰まっていたみたいで。彼はプロに行きたい人なので、もっと万人受けするネタとか男女コントでもいいなと考えてたら(私のことを)勧めてもらったらしいです。私のピンネタもすごくよかったと言ってくれたのが、めちゃくちゃ嬉しくて。

 そこからはもうはやてに頼りっきりで、あれよあれよという間にいいネタを作ってくれました。アプリコは本当に100:0(中村さん:吉田さん)なんです。私は何も考えてないのに毎回いいネタを作ってくれて、ウケて、ただ楽しいだけ。ライブで1位になったり大会でウケたり、本当にいい経験をたくさんさせてもらいました。どんどんライブが増えて、一番多いときは週に2回ライブがあったので、そこで色んな人と出会えました。はやてのおかげで、アプリコがあったから様々な経験ができたなと思います。2年から4年まではずっとアプリコにどっぷりでしたね。

 コンビとピンを両方やってる人って、書いている人が同じである場合はネタの方向性が両方でそこまで変わらない人が多いなと思ってて。ただ、私はピンを100で作ってて、アプリコは0なので、勝手に全然方向性が違うんです。だから、お互いにノイズになってるんじゃないかみたいな、どっちもお互いに悪影響なんじゃない?みたいな話をはやてとしたこともあります(笑)。

でもどっちもやっててよかったです。昨日(3/14の吉田しいまろ単独)も見に来てくれて、すごく面白かったと言ってくれて。いや~、いい人! はやてに支えられた3年間でしたね。

—ピンの活動量と、アプリコでの活動量は比率的には5:5ぐらいですか? それともどちらかに寄せたりしましたか?

吉田:時期によるんですけど、2年になってすぐの「アプリコ行くぞ!」みたいな時期から3年の途中までは全部アプリコでした。アプリコのライブが忙しすぎてピンをやる暇がないし、別にアプリコやってるだけでこんなに楽しい思いができるなら……と思ってました(笑)。でも3年の途中からちょっとプライドが許さなくなってきて。自分でネタを作ってないのに舞台に立たせてもらって、いい思いだけして、「こんなことするために入ったんだっけ」って思ったので、ピンを再開しました。4年のNOROSHIに向けてやってたので、特に4年になってからはだいぶピンが多くなりましたね。ライブを無理やり入れたりしてましたし、はやても他のコンビが忙しかったりしたので、バランスは良くなったかな。

アプリコ

あの人ならどうする?

—それでは続いて、ネタ作りの方法についてお伺いしたいです。

吉田:私もお話したいんですけど、どうやって作ってるんでしょうね。本当に(笑)。

—先ほど動画(いとうあさこさん・島田珠代さん)をご覧になるとおっしゃっていましたが、そこから着想を得ているのでしょうか?

吉田:そうですね。そこからまず、やりたい設定を考えて。私はキャラがメインなので、やりたいキャラをずっとスマホのメモに書き出してるのですが、それが今30個ぐらいあるんですよ。シンクロ選手とか宝塚とか色んなキャラがあって。それで、大好きな島田珠代さんを見ている中で、「珠代さんだったらこの役でこういうのやりそうだな」みたいに考えて、降りてきたものからやってます。


—つまり、まだやってない役が沢山あるということですか……?

吉田:めちゃくちゃあります。学園祭のシャッフルコンビで後輩と組ませてもらうときに、それを全部後輩にやらせてて(笑)そのキャラネタをまとめてやったのが「吉田しいまろ単独ライブ」でした。「私がやりたかったことを全部やる」「できなかったネタをやりきる」みたいなライブだったんですけど、そのぐらいやりたいことはずっとめちゃくちゃあるんです。
 でも私、作り方が結構荒いんですよ。みんなのネタの作り方が気になって、うさぎ事件の堤に聞いたら、「これは提示で、この提示の部分が3個あって、ここは緩急の急で」って説明されたんですけど、「何を言ってる?」ってびっくりしました。そうやって考えたことがなかったので。

 はやても、「ここではぐっとおっきい声出して、ここでは抑えて」とか、すっごいこだわりあるじゃんって思っちゃった。私はニュアンスでやっちゃってるんで、誰も参考にはならないと思います。素のままですね。本当はずっとこうなので、やっとピンで自分の素を出せたなっていう感じ。キャラが入ってるから演じてるように見えるらしいんですけど、マジで素です。

 みんなで話してて「え、このボケどう?」「うわやっば、おもろすぎ」となったものをそのままやってます。自分が一番笑えるならそれをやればよくて、それで笑ってくれないならそのコミュニティと相性が悪いし、でも相性がいいから残れてるんだろうし、多分大丈夫でしょ、みたいな。見てきたものと好きなものから受けた影響をキャラに落とし込んでるだけなので、ネタ作りに関しては何のノウハウもないですね……。すみません。

—「ショートコントとブリッジの往復」というネタ構成は最初から変わらないんですか?

吉田:その構成がまさに谷川さんだったんですよ。谷川さんが「妊婦ショートコント!」と言って「妊婦妊婦!」ってやるのが、デリカシーのかけらもないけどめちゃくちゃ面白くて。最初にピンネタをやったときは仕方なく作ったので、とにかく谷川さんのネタを受け継ぐしかなくて、だからもうほぼ同じですよ。一緒だって気づかれちゃうので、あんまり他の人には言ってないです(笑)

負けず嫌いと人見知りというガード

—ネタの中身のブラッシュアップはどのようにされていますか?

吉田:実は、ブリッジ部分の踊ったりするところが私の一番やりたいことなんです。でも、それだけやってたらウケないというのは流石に知ってるので、仕方なくショートコントを入れてて。ギリギリの人間なので、基本的にネタは当日の朝起きるまでブリッジのところしかできてないんです。朝起きてニュアンスでセリフを加えますけど、ショートコントもブリッジに行くまでのただの過程だと思ってるので何にもこだわってない。はやてから「ちょっと薄すぎるかな、内容がちょっとひどいな」って指摘されるんですけど(笑)。

—個人的に宝塚のネタのブリッジがすごく好きなんです。

吉田:あのネタのおかげで今があります。あれは色んなライブでやっているので、だいぶブラッシュアップしてますね。HIKIGANEライブの映像をYouTubeにあげてるんですけど、あそこまで行くのにめちゃくちゃ変えました。最初はショートコントでもなかったしブリッジもなくて、宝塚のオーディションの自己紹介で大喜利をするというだけでした。でも本格的に評価され始めたときに、急に変えてブリッジを入れた気がします。なんだったんでしょうね、あれは(笑)。でも、どちらにせよ谷川さんの影響でブリッジを入れましたね。

—ネタに関する判断は自分ですることが多いですか? それとも他の人に意見を聞くことが多いのでしょうか?

吉田:自分ですね。逆に周りを頼らなさすぎたなと思います。4年上がってしばらくするまで、誰の助言もほぼ受けずに作ってました。自分にしかできないネタだからというプライドもあるし、みんなと私の考え方が違うのもずっと分かってたので、参考にならないと思っちゃってて聞けなかった。でも周りがみんなで一緒にネタを作ってるのに気づいて、「それやりたい!」って。最後のNOROSHI(2025年大会)でやっとチームメンバーの後輩や同期と一緒に作れて、客観視できてる人たちと作るのはやっぱり全然違うなって思いました。最初からやればよかったんですけど。

—明るい印象があるので、色んな方とお話ししながら作っていらっしゃると思っていました。

吉田:嘘だと思われるからあんまり言わないんですけど、意外と人見知りなんですよ。ピンでライブの楽屋に行くと全然馴染めなくて。ブリーカーの楽屋の三角のスペースにずっと一人で、ごめんなさいみたいな感じでずっと座ってました。話しかけてくれる優しい先輩にも「あ、はい。お疲れ様です……」みたいな感じで、目も合わせられなくて。友達もそんなにいないですね。「ライブだから喋ってくれてるだけだよな」とか思いますし。
 昨日の単独に呼んだ天下茶屋アヤノスーパーカーしおりん土井ちゃんとかとは仲良く話せるけど、全員ライバルだし負けたくないなとも思います。負けず嫌いと人見知りが完全なガードとなって友達を作れなくなってた(笑)。 もっとみんなと楽しんで過ごせればよかったなという後悔はあります。周りを見たらみんなでワイワイしてるし、ふざけてるだけのときもあるし、なんでこんなに意地張ってたんだろうって。

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