こわらいぶ応援チケット企画第4弾は、ナイスボムさん。大東文化大学お笑い研究部築笑会の1期として活動をスタートしたおふたりが4年間の思い出や活動を通して感じたことについて幅広く伺いました!おふたりにとっての築笑会の皆さんの存在や感謝を伝えたい相手とは……?
取材日:3月15日
取材相手:大東文化大学お笑い研究部築笑会1期
山本 岡 ※敬称略
共通点であるM-1
ーそれでは、まず大学お笑いを始めることになったきっかけから教えていただきたいです。
岡:はい。元々マジでお笑いに興味がなくて、高校3年生になるまでM-1も見たことがなかったですし、漫才とコントの違いも分かんなかったんですよ。でも、この話するとたまに引かれるんですけど(笑)、高3の頃好きだった人がハイスクールマンザイに出てて、それを見に行ったら「お笑いかっこよすぎるな」ってなっちゃって。自分も始めようと思って、大学入ったらお笑いサークルに入ろうって決めました。
ーそのタイミングで演者になることは決めていましたか?
岡:大学に入るタイミングではまだスタッフか演者かは決めてなくて。とりあえず何かしらのサークルに入れればいいな、みたいな感じでしたね。
ー山本さんのきっかけもお聞きしたいです。
山本:僕は、元々お父さんがお笑いをちょっと好きだったんですよ。だから、家でついているテレビ番組がお笑いだったり、家族で旅行に行くときに長距離の高速道路で見るために志村けんさんのDVD借りたりしてて、お笑いをめっちゃ見てて。それで賞レースとかを見るようになったときに、すごく熱中しちゃったんですよね。「1年に1回しかないんだ」とか「これすごいことやってるな」と思って。高校生になった頃に、お笑いを頑張る難しさもM-1とかで知って。僕は結構苦手なことが多くて、色んなことを頑張っても頑張れないんですよ。でもそうやって(芸人さんが)頑張ってるシーンを見たときに、「色んなものに人生を捧げてる人がいる中で、お笑いに人生を捧げて頑張ってる人がいるんだな」と思って。それで、大学進学のときに大学でお笑いをやりたいなと思い始めました。勉強はサブでお笑いがメインというか、大学にはお笑いだけをやりに行くみたいな気持ちでしたね。

ー影響を受けた芸人さんや、お笑いを好きになるきっかけになったネタを教えてください。
岡:私はやっぱり初めて見たM-1です。ミルクボーイが優勝した年(2019)のM-1を見て、すごいなって思いました。
山本:僕はみんな好きなので、あんまりここというのはないんですけど。でも、確か2017年のM-1でマヂカルラブリーさんが最下位だったとき、ものすごく面白いネタだなって思いました。しかもその3年後にまた出てきて、ネタの感じは変えずにパワーアップさせて優勝したのがかっこよかったです。俺は優勝したときも前も面白いって思ってたので……それに気づいてたって言いたいわけじゃないですよ(笑)。そう思ってた人が最下位から優勝してるし、最下位のときに酷評してた人の意見も良くなってたから、ただただすごいなって。めっちゃ目をキラキラさせながら見てましたし、印象に残ってます。
山本:あと、最近はランジャタイさんがめっちゃ好きです。初めてネタを見たときは理解できなかったんですけど、ロケの番組で見たらめっちゃ面白くて。その後にネタも見たらめっちゃハマっちゃっいました。今は「絶対に自分がやりたいお笑いをやる」みたいなプライドは持たないようにしてるんですけど、マヂカルラブリーさんやランジャタイさんみたいなお笑いをやりたいなとはずっと思っています。
ー続いて、ネタの参考にしている芸人さんやネタがあれば伺いたいです。
岡:ナイスボムのネタは全部私が書いてて、山本君は0なんですよ。山本君はネタ書かないってもうずっとみんなに言いまくってるぐらいなんです(笑)。
山本:その言い方はちょっと違う(笑)。「書けない」。
岡:はい、書けない。書かないじゃなくて、書けない。
山本:僕が考えた分だけ面白くなくなるんですよ。これは本当にそう。最悪のエキスなんです。
岡:だからこの質問に答えるのは私になっちゃいます。私が最初に考えたネタは、「爪の長い男は何やらせてもダメだ」みたいな苦言をベースにした漫才で、でもそれがあんまりウケなくて。そんな1年生の秋か冬ぐらいに個人的に見に行ったライブでGotta Go!さんのネタを見て、こういうポップなお笑いがあるんだと思って。そっからこういうネタが自分には合ってそうだなと思い直しました。Gotta Go!さんのネタは私の価値観を変えてくれましたね。
ナイスボム結成
ーおふたりの結成の経緯についてお伺いしたいです。
岡:きっかけは2年生の大東文化大学の文化祭でした。本当にすごく小さいサークルだったので、私たちの同期が5人しかいなくて、「ライブやるには組数が足らない」となって、とりあえず即席で組数増やすために組みました。それからはやったりやらなかったり。
山本:それから3年生までは主催ライブか文化祭だけでやっていて、外部のライブは年に2、3回あるかないかという感じでしたね。
岡:外部ライブに呼ばれるようになったのは去年の夏に大学芸会で次点を取ってからなので、本当につい最近です。
暗い部屋ですべて遮断して生み出すネタ
ー続いて、ネタの作り方について教えてください。
岡:私は人と喋りながら作るのが絶対無理なので、部屋を真っ暗にして引きこもって、ネットとかも一切触らないようにして、ぐっと集中して向き合って出す感じです。部屋が明るいと気持ちが明るくなっちゃって、ちょっと精神を追い込まないとネタ書けないんですよ。部屋を暗くするのがポイントです(笑)。
ーネタ合わせはどういった形ですか?
岡:ネタ合わせの形としては、できたものを私が教えてます。ネタを書くときよりも、ネタを教えるときの方が時間がかかります。山本くんがネタを覚えるのに時間がかかっちゃうタイプで(笑)。
山本:はい、かかっちゃいます。
岡:だから書いて、部室とかで教えて、調整してっていう感じです。
ーネタの中身のブラッシュアップはどのようにされていますか?
岡:そうですね。最近はできてないこともあるんですけど、ライブに出る前に必ず部活でネタ見せしてからライブでおろすようにしてます。ネタ見せでみんなが面白いって言ってくれたところは残すけど、ちょっと反応微妙だったなってところはちょっと変えたりしてます。
ーネタに関する判断はご自身でやることが多いですか? それとも他の人に意見を聞くことが多いのでしょうか?
岡:結構我流でやってるかもしれないです。「ここはちょっと微妙なんじゃない?」って言われても、私が面白いと思ってたら残すことはあります(笑)。あと、ネタを教えてる段階で山本くんが微妙な反応だったとしても、私はもう強行突破でやります(笑)。
山本:これにはちゃんと理由があって。僕、お笑いを大学で4年間やって完璧に気づいたんですけど、お笑いが全然分かんないんですよ。本当に。
山本:自分が見てて、「面白い」って思うものも「面白い」と思って笑ってるけど、「なんで面白いか理由を書け」と言われたら、「面白いから」としか書けないんですね。その仕組みがあるはずなんですけど。だから僕がやらせてもらってるユニットは、基本みんなにネタを書いてもらってますけど、僕は理解できないんです。ナイスボムの笑いもどういう仕組みになってるかちょっと理解できてなくて、怒らせてしまうこともあります。

岡:っていうかその、ごめんなさい。喧嘩みたいになっちゃう(笑)。「何が面白いかわ分からない」って言われたことがあって。「お笑いが分からないから」という意味なのが今は分かってるからいいんですけど、そのときは普通に批判されてるんだと思って「いやだったら自分で書いてよ」ってちょっと怒っちゃいました。
山本:怒られました。だから今はもう、みんなにその部分を理解してもらって、許してもらってる感じです。こっちは本当に怒らせようとか不満を持ってるとかではないんですよ。「気づいたら言ってた」みたいな、言ってしまったことすら分かってないみたいな感じなんです。
悔しかったあの瞬間
ー4年間で悔しかった瞬間を教えてください。
山本:悔しかったことが2つあるんです。1つ目が、今年の1月に行われた『アルティメットレクリエーションフェスティバル2025』さん。それがナイスボムとして出られる最後の学生お笑いの大会だったんですけど、次々点で終わっちゃって。岡さんがめちゃくちゃ頑張って、それに向けてネタを書いてくれてたんです。大会に向けての練習期間や懸ける思いも強くて、僕がより分かんなくなっちゃうぐらい、とにかく“いいもの”を作ってくれてました。“いいもの”を作ってもらえばもらうほど、僕は実行することが難しくなっちゃうんですけど、それはきっと面白いネタができている証拠だなと感じて。俺のせいで失敗したらダメだという不安もありましたけど、本番でも一生懸命漫才ができて、ウケました。それでも最後(決勝に)上がれなかったのが悔しかったですね。
山本:もう1個が、今年の2月にあった『レジスタリーグ』さん。元々AリーグとBリーグがあるうちのBからAに上がって(24年10月から)残ってたんですけど、AからBに落ちてしまったんです。それで2月のライブでは、次にBから落ちたらもう戻れないみたいな状況だったんですけど、Bリーグに落ちてしまって。これがめっちゃ悔しかったですね。この2つだけはすぐ言えるように厳選してましたね。
岡:私はこの前あった大学芸会2024さんで次点で落ちちゃったときが一番悔しかったです。結構手応えもありましたし、(決勝に)上がるつもりだったので、予選で落ちたのが本当にショックでしたね。